希代の大逆転の被害者フロンターレの皆様にはかける言葉もありません。
先ほど、スカパで録画したFC東京戦のビデオを見ました。
記者会見の関塚監督は今にも泣き出しそうで、他サポながらちょっとかわいそうな気もしてしまいました。が、気になる言葉があるんです。
「ずるさ」です。
関塚監督はJリーグには「ずるさ」が足りないと、記者の前で堂々と審判批判をやらかしました。確かに、外国メディアからは日本のプレーヤーに対してもっとマリーシアなプレーを、「ずるい」プレーをという言葉は聴かれます。関塚監督もそのあたりのことが頭にあっての発言と思います。
ですが、それを審判批判に結びつけるのは果たして正しいのでしょうか。マリーシアなプレー、「ずるい」プレーというのは、厳密に言えばルール違反のプレーですよね?プロたるもの、審判の陰では多少のル-ル違反も必要だよ、ということでしょう。決して、堂々と胸を張って言えることではないですよね。
かつて、浦和の坪井が、自分は絶対カードをもらわないと主張し、事実、かなり長い期間にわたってカードをもらわずにプレーしていました(私はレッズサポではないので詳しい記録は分かりませんが、この発言に好感を持った記憶はあります)。アマチュアリズムからすれば最大級の賛辞を贈ってもいいのでしょうが、プロの世界たるJリ-グの中にあっては必ずしも歓迎されなかったようです。
そういう意味では「ずるい」プレーも必要なんでしょう。ですが、それはチームにとって必要なのであって、審判にとっては決して必要なプレーではないのです。「ずるい」プレーを見つけたら審判とすればファールを取る、これは当然のことです。見て見ぬふりをされたら、相手チームはたまったものではありません。
関塚監督は、自分がチームで教えていることと違いすぎるというようなことも話していました。自分がJの監督を続けることにも「?」でした。それくらい強い調子で審判批判をしていたわけです。
ですが、その論理は私には到底理解できません。関塚監督の発言を簡単にまとめてしまえば、「ずるい」プレーを公認しろということになると思いますが、これはルール破りをおおっぴらに認めろと言っているのに等しいのです。
およそ人間社会はジャンルを問わず、一定のルールのもとに成り立っています。サッカーも例外でないことは関塚監督自身十分に知っているはずです。関塚監督がもしもフロンターレの練習で「ずるい」プレーを指導しているのなら、Jリーグの掲げる「フェアプレイ」の精神に反することは明白です。が、記者会見を聞く限り、残念ながらそのように受け取れます。
フロンタサポの方には悪いですが、こういう監督が指導するチームが優勝戦線から脱落していくことは、Jリーグにとっては喜ばしいことではないでしょうか。
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